自律神経によって私たちは命を守られている。
しかし、守ってくれているはずのこの素晴らしい自動装置は、ときとして交感神経を暴走させ牙を向く。
だが、それもすべては生命を維持するため。
では、なぜ、現代になって自律神経のバランスを崩し、失調症やうつ病になる人が増えてしまったのか?それをさらに探ってみたい。
今回の記事から、かなり私ニャニャまるが個人的に気が付いた内容が入りますが、自律神経に対するひとつの意見として読んでもらえたら嬉しいです!
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昔もストレスはあった
私たちは現代に生きている。
なので、昔の人たちにもストレスがあったかどうか?
うつ病で自殺をしていく人がいたかどうか?
それらは、歴史の本を読みながら推測するしかない。
だが、自律神経という働きが、生命を維持する本能的な役割をもっている以上、どの時代であっても、「生きる」ということが共通の目的であるため、ストレスは必ず存在したはずである。
ただ、ストレスの種類がちがっていたのではないかと私は思う。
今のように食べ物に困らず、生活できるようになったのは、100~200年前ぐらいだ。
それまでの暮らしは、少数の裕福な人を除いて、まずは、「食べること」に思いが集中していたはずである。
私たちも、一食抜いたくらいではどうってことないけれど、朝から何も食べていないと頭がボーっとしませんか?
また食べれても、いつもちょびっとしか食べれなかったら・・
🙁「あ~!腹へったー!なんもする気しないよーー」となる。
昔の人たちはつねにこの状態だったといっていい。
とすると、当時の欲求は、食べること。もしくは満足できるまで食べること
に、集中していたはず。
さらに、昔は、今ほど、治安がしっかりしていない。人の命は今ほど重要視されずもっと軽くみられていた。
😥「今日、お父さんがころされた・・・」
殺人があっても、犯人を捕まえてくれる公平な警察などない。ほぼ泣き寝入りである。
今のように人の命が重んじられ、治安でしっかりと法の下で守られるようになってから100年たっているだろうか?
つまり、昔というが、実際はつい最近まで人類の最大のストレスは、「食べる物がない、殺されるかもしれない」
このことではなかっただろうか。
飢餓や危険に対応しやすい自律神経
自律神経の役割は生命を維持すること。
だからこそ、交感神経の方が副交感神経よりも優先的に働き、いざというとき危険から脱することができる。
さらに、血糖値も上がりやすい。
それは血糖値を下げるホルモンがインスリンひとつなのに対して、上げるホルモンは5つあることからでもわかる。
また食べ物が少ないということは副交感神経もしっかり働くはずである。
なぜなら少ない食べ物でもしっかりと吸収しようとするからだ。
これはダイエットのため、少食にすると、逆にやせにくい体質になるのと同じ意味である。
なによりも食べ物が少ない、殺されるかもしれない、ということは生命の維持にとって最重要である。
だからこそ、飢餓や身の危険というストレスには自律神経がうまく対応していく。
むしろ、これらのストレスに対しては応援してくれる働きがあったのではないかと思う。
マズローの人間の欲求ピラミッド
では、昔の人のストレスが飢餓や身の危険だとしたら、現代はどんなストレスだろうか。
アメリカのマズローという心理学者が「人間の欲求」を5段階のピラミッドに分けて説明している
第1段階・・生理的欲求(食べたい、ねむりたい)
第2段階・・安全の欲求(危険ではない安全な場所にいたい)
第3段階・・社会的欲求(集団の中に加わりたい、ひとりでいたくない)
第4段階・・尊厳の欲求(他人から認められたい、尊敬してもらいたい)
第5段階・・自己実現の欲求(自分を表現したい)
このように人間は生きていく上で、まずは一番下の欲求から始まる。
それが満たされれば上の欲求が加わる。そしてさらに上へ上へと欲求の種類は増えていく・・
ではこのマズローのピラミッドを使って、昔の時代の欲求と現代の欲求をあらわしてみよう。
食べ物もあまりなく、治安も定かでなく、人の命じたいがもっと軽くみられていた昔の欲求は第1の生理的欲求と第2の安全の欲求だったはずである。
またそれらを守るために第3の社会的欲求も加わる。
このように
昔の時代の欲求は第1、2、3でほとんどを占め、それから上の欲求をおこす余裕がなかった。
対して、
現代は食べ物の心配はない、治安もしっかりあり、法の下、命の安全も守られている。
となると、欲求は第3、第4、第5となる。
ただし、第3の「社会的欲求」は、昔にも現代にもあるが、その内容はちがっていたはずである。
現代人のように「ひとりだと寂しいから」という理由の社会的欲求ではなく、昔はひとりでいるよりも、集団でいた方が、食べ物を多く得られる。
さらに他者から殺される危険性も少なくなるために必要とした欲求だったと思われる。
このように昔の時代と現代の欲求は段階がちがうのだ。
これをさらに交感神経のはたらきにあわせて考えてみよう。
自律神経の目的は生命維持だから、昔の時代の人がもつ第1、2の欲求に対するストレスにはうまく作用する。
ただし、第3の「社会的欲求」ついては、昔の人も食べ物や危険を回避するためとはいえ、集団でいることの人間関係には少なからず悩んでいたと思われる。ただし、現代の比ではなかっただろうと思う。
このように、昔の欲求に対しては、自律神経は生命を守るため、それにともなうストレスには「交感神経が優先的」という働きがうまく作用してくれる。
たいして現代人の欲求に対しては、生命の危険があるだろうか?
第3の「社会的欲求」、第4の「尊厳の欲求」、第5の「自己実現の欲求」は満たされなくても命を落とすことはまずない。
だから、自律神経にとって第1、2の欲求は必要であっても、第3、4、5はべつに必要ではないということになる。
だが、
食べることと、命の心配をしなくてもよくなった現代の私たちにとって、
友達がほしい、素敵な恋人がほしい、学校で好成績をあげたい、会社で出世したい、認められたい、自分を表現できる仕事がしたい。
これらの欲求は、今さらもう、止めることはできない。
どうすればいいのか?
次回、「4.自律神経のはたらきは時代遅れ」つづく・・・